大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3068号 判決 1969年5月19日

昭和四一年(ワ)第一二三四六号(以下A事件という。)

同四二年(ワ)第二〇六四号(本訴、以下B事件本訴という。)

同年(ワ)第一〇八二八号(反訴、以下B事件反訴という。)

同年(ワ)第一〇八二七号(本訴、以下C事件という。)

同四三年(ワ)第三〇六八号(反訴、以下C事件反訴という。)

A事件 原告

山田松枝

代理人

竹沢哲夫

ほか一名

A事件被告・B事件本訴被告

(反訴原告)・C事件本訴

原告(反訴被告)

日本通運株式会社

代理人

興石睦

ほか四名

A事件被告・C事件本訴被告

(反訴原告)

スガイ交通こと

須貝正

B事件本訴原告(反訴被告)

宮内栄一

ほか四名

右六名代理人

松田孝

主文

一、須貝正(昭和四一年(ワ)第一二三四六号事件被告・同四二年(ワ)第一〇八二七号事件被告・同四三年(ワ)第三〇六八号事件原告)および日本通運株式会社(同四一年(ワ)第一二三四六号事件被告・同四二年(ワ)第二〇六四号事件被告・同年(ワ)第一〇八二八号事件告原告・同年(ワ)第一〇八二七号事件原告・同四三年(ワ)第三〇六八号事件被告)は連帯して、山田松枝(同四一年(ワ)第一二三四六号事件原告)に対し金五二六万円およびこれに対する昭和四二年二月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、宮内栄一(昭和四二年(ワ)第二〇六四号事件原告・同年(ワ)第一〇八二八号事件被告)、諏訪初子(右同)、諏訪トミ(右同)永松君子(右同)、宮内雄二郎(右同)は、日本通運株式会社に対し一人あたり金五万四〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年九月二二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三、須貝正は宮内栄一、諏訪初子、諏訪トミ、永松君子、宮内雄二郎らと連帯して、日本通運株式会社に対し金二七万円およびこれに対する昭和四一年九月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

四、日本通運株式会社は、須貝正に対し金一三万円およびこれに対する昭和四三年三月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

五、山田松枝、日本通運株式会社、須貝正のその余の請求および宮内栄一、諏訪初子、諏訪トミ、永松君子、宮内雄二郎らの請求をいずれも棄却する。

六、訴訟費用中、山田松枝と須貝正、日本通運株式会社らとの間に生じたものはこれを二分し、その一を山田松枝の負担とし、その余を須貝正、日本通運株式会社らの負担とし、宮内栄一、諏訪初子、諏訪トミ、永松君子、宮内雄二郎らと日本通運株式会社との間に生じたものはこれを宮内栄一らの負担とし、日本通運株式会社と須貝正との間に生じたものはこれを五分し、その四を須貝正の負担とし、その余を日本通運株式会社の負担とする。

七、この判決は各原告らの勝訴部分に限り、かりに執行することができる。

事実

A事件

第一  当事者の求める裁判

一、原告

被告らは各自原告に対し一三九四万九二九三円およびこれに対する昭和四二年二月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二、被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  請求原因

一、(事故の発生)

昭和四一年九月二二日午前五時五五分頃、東京都調布市下布田町一〇七四番地八号先国道二〇号線(通称甲州街道、以下本件道路という。)において、訴外西田裕保(以下裕保という。)の運転する普通貨物自動車(愛一あ七四七五号、以下トラックという。)と、訴外宮内三郎(以下三郎という。)の運転する小型乗用自動車(練馬五き四二〇号、以下タクシーという。)とが衝突し、タクシーの乗客訴外山田トミ子(以下トミ子という。)が即死した。

二、(被告らの地位)

被告日本通運株式会社(以下被告日通という。)はトラックを、被告須貝正(以下被告須貝という。)はタクシーをそれぞれ所有し、これを自己のために運行の用に供する者であつた。

三、(損害)

(一)  葬儀費用 二五万円

原告はトミ子の死に伴い、その葬儀費用として二五万円を出損した。

(二)  トミ子の失つた得べかりし利益     一二二〇万四七二五円

トミ子は当時二六才の健康な女子で、府中高校を卒業後社会に出て、昼間は訴外池田ビルディングの従業員として勤務し、夕方からは訴外株式会社西田観光の経営するクラブゴールデンゲイトに勤務していた。

(1) トミ子が訴外池田ビルディングの経営者池田輝子から支給されていた賃金は、月額一万八〇〇〇円であり、同女の生活費は月一万五〇〇〇円を超えることはなかつたと思われるので、同女の年間純益は少なくとも三万六〇〇〇円はあつた。そして同女は本件事故にあわなければ事務員として今後二九年間程度稼働し、同程度の純益を得続けたであろうと考えられる。そこで右金額を基礎にしてホフマン式(複式・年別)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して得べかりし利益の現価を求めると六三万四六五四円となり、同女は同額の損害を蒙つたことになる。

(2) トミ子は訴外株式会社西田観光から月額六万二五〇〇円(一か月二五日勤務で一日二五〇〇円の割合)の賃金を得るほか、指名料名義で取得する歩合は月額七万円を下らなかつた。従つて同女が同会社に勤務することによつて得ていた月収総額は、一三万二五〇〇円で、年収は一五九万円であつた。同会社が経営するようなクラブに勤務する女性は通常三五才まで稼働可能であるから、同女は本件事故にあわなければ今後九年間は稼働し同程度の収入を得続けたであろうと考えられる。そこで右金額を基礎にしてホフマン式(複式・年別)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同女の失つた得べかりし利益の現価を求めると一一五七万〇〇七一円となり、同女は同額の損害を蒙つたことになる。

右(1)、(2)の金額を合計すると一二二〇万四七二五円となる。

(三)  原告の相続と保険金の受領および充当

原告はトミ子の母であり、右逸失利益の損害賠償請求権を相続により承継した。そして原告は自賠責保険金三〇〇万円を受領したのでこれを右承継額に充当すると残額は九二〇万四七二五円となる。

(五)  慰謝料 三〇〇万円

(四)  弁護士費用 一四九万四五六八円

手数料・成功執酬 各七四万七二八四円

四、(結論)

よつて原告は被告らに対し自賠法三条により、以上合計一三九四万九二九三円およびこれに対する本件事故発生の日以後である昭和四二年二月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める。

第三  請求原因に対する被告らの認否

一、請求原因第一・二項記載の事実は認める。

二、同第三項記載の事実中、原告が三〇〇万円の自賠責保険金を受領したことは認め、その余は不知。

第四  被告らの免責の抗弁

一、被告日通の免責の抗弁

(一)  トラック運転者裕保の無過失

裕保はトラックを運転して本件道路北側車線の第一通行帯内を府中方面から新宿方面に向けて時速五〇粁弱(制限速度内)で進行して、本件事故現場にさしかかつたところ、前方の交差点の信号が青であり、反対車線の第二通行帯内で右交差点の向う側の横断歩道上あたりを対向進来するタクシーを発見した。そしてそのまま進行を継続したところ、右タクシーが方向指示器も出さないでものすごい速度で急に交差点から約一五米走つてきたところでユーターンするようにして中央線を越えてトラックの前に飛び出してきたので、同人は急制動の措置をとつたが、その効果が発生する前にトラックの前面が、北西を向いていたタクシーの左側面に衝突してしまい本件事故となつてしまつたのである。従つて裕保にとり本件事故は回避不可能だつたのであり、同人には何らの過失もない。

(二)  タクシー運転者三郎の過失

本件事故は(一)で述べたとおり、三郎の前方注視義務違反、スピード違反等を伴う無謀なユーターンにより惹起されたものである。

(三)  被告日通はトラックの運行に関し注意を怠らなかつた。なお、タコグラフの用紙については、たしかに当時トラックにその用紙は入れられてなかつたけれども、これは該トラックが法令上タコグラフの備付を必要としなかつたからであつて、入れるのを怠つたものではない。

(四)  トラックには機能の障害も、構造上の欠陥もなかつた。

二、被告須貝の免責の抗弁

(一)  タクシー運転者三郎の無過失

三郎はタクシーを運転して本件道路を新宿方面から府中方面に向けて進行し、八雲台交差点を通過直後タクシーを進行方向左端に寄せて右に旋回し、ユーターンを終りかけ、ギヤーをローに入れて直進態勢に入つた後に制限速度五〇粁をはるかに超えると思われる速度で進来したトラックに後部中央から左寄りのところに激突され、その衝撃により向きを変えさせられたタクシーはなおも進行するトラックにより後部両車輪のホイールをトラックの重量によつて押しつぶされ、タクシーの後部および左側面(運転席から前方を除いた部分)を半円を画いてえぐりとられ、たのである。従つてタクシーのユーターンは適切なものだつたのであつて、三郎には何らの過失もない。

(二)  トラック運転者裕保の過失

本件事故は裕保の制限速度違反の過失により、かつ居眠りか脇見運転による前方不注視の過失により惹起されたのである。

(三)  被告須貝はタクシーの運行に関し注意を怠らなかつた。

B事件

本訴

第一  当事者の求める裁判

一、原告ら

被告は原告ら各自に対し一八一万五一八〇円および右各金員に対する昭和四二年三月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二、被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二  請求原因

一、(事故の発生)

A事件の請求原因第一項の事故の発生中、トミ子が即死した部分を除いてここに引用し、三郎が即死したことを付加する。

二、(被告の地位)

被告はトラックを所有しこれを自己のために運行の用に供する者であつた。

三、(損害)

(一)  三郎の失つた得べかりし利益

九五七万五九〇〇円

三郎は当時三〇才の健康な男子で、訴外須貝の経営するスガイ交通の運転手として勤務し、月平均五万九五〇〇円の収入を得ていた。同人の生活費は一万五二〇〇円を超えることはなかつたと思われるので、同人の年間純益は少なくとも五三万一六〇〇円はあつたと思われる。そして同人は本件事故にあわなければ満六〇才に達する頃までの三〇年間運転手として稼働して同程度の純益を得たであろうと考えられる。そこで右金額を基礎にしてホフマン式(複式・年別)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の失つた得べかりし利益の現価を求めると九五七万五九〇〇円となり、同人は同額の損害を蒙つたことになる。

(二)  三郎の慰謝料(死亡に対するもの) 一〇〇万円

(三)  原告らの相続と保険金の受領および充当

原告らは三郎の兄弟姉妹であり、三郎の死亡により右逸失利益および慰謝料の各損害賠償請求権を各その相続分に応じて相続により承継した。そして原告らは自賠責保険金を各三〇万円ずつ受領したので、これを各自の承継額に充当すると残額は各一八一万五一八〇円となる。

四、(結論)

よつて原告らは自賠法三条により被告に対し、各一八一万五一八〇円および右各金員に対する本件訴状送達の翌日である昭和四二年三月一二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  請求原因に対する被告の認否

一、請求原因第一・二項の事実は認める。

二、同第三項記載の事実はいずれも不知。

第四  被告の免責の抗弁

A事件の被告の免責の抗弁と同様であるのでここに引用する。

第五  抗弁に対する原告らの認否

否認する。

反訴

第一  当事者の求める裁判

一、原告

被告らは一人あたり原告に対し六万八二九一円ずつおよび右金員に対する昭和四一年九月二二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二、被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  請求原因

一、(事故発生)

A事件の請求原因第一項の事故発生中、トミ子が即死した部分を除いてここに引用し、原告所有のトラックが破損したことを付加する。

二、(被告らの地位)

三郎は制限速度の超過した速度でタクシーを運転し、かつ前方の安全の確認をしないで無謀なユーターンを開始した過失により本件事故を惹起して死亡した。

被告らは三郎の兄姉であり、三郎が原告に対して負担した損害賠償責任を相続により承継した。

三、(損害)

(一)  トラックの修理費 二三万三四五八円

(二)  トラックに積載していた荷物移送費 一万二〇〇〇円

(三)  修理完了後のトラックを修理工場から原告の名古屋市南区弥次衛町四丁目九番地所在の笠寺支店まで回送した費用 一万五〇〇〇円

(四)  トラック修理中の期間(昭和四一年九月二二日から同年一〇月一八日までの二七日間)の休車損

八万一〇〇〇円

以上合計 三四万一四五八円

四、(結論)

よつて原告は被告らに対し民法七〇九条、八九六条により、被告らの相続分である各六万八二九一円(円末満切捨)および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四一年九月二二日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  請求原因に対する被告らの認否

一、請求原因第一項記載の事実は認める。

二、同第二項記載の事実中、三郎が死亡したことおよび被告らの身分関係は認め、その余は否認する。

三、同第三項記載の事実はいずれも不知。

C事件

本訴

第一  当事者の求める裁判

一、原告

被告は原告に対し三四万一四五八円およびこれに対する昭和四一年九月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  請求原因

一、(事故発生)

B事件反訴の請求原因第一項の事故の発生と同一であるのでここに引用する。

二、(被告の地位)

被告は三郎の使用者であり、三郎はタクシーを運転して被告の業務を執行中、制限速度を超過した速度でタクシーを運転し、かつ前方の安全を確認しないで無謀なユーターンを開始した過失により本件事故を惹起した。

三、(損害)

B事件反訴の請求原因第三項の損害と同一であるのでここに引用する。

四、(結論)

よつて原告は被告に対し民法七一五条一項により、以上合計三四万一四五八円およびこれに対する本件事故の発生の日である昭和四一年九月二二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  請求原因に対する被告の認否

一、請求原因第一項記載の事実は認める。

二、同第二項記載の事実中、宮内の過失の点は否認し、その余は認める。

三、同第三項記載の事実は不知。

反訴

第一  当事者の求める裁判

一、原告

被告は原告に対し六七万三三七五円およびこれに対する昭和四三年三月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  請求原因

一、(事故発生)

A事件の請求原因第一項の事故の発生中、トミ子が即死した部分を除いてここに引用し、三郎が死亡し、原告所有のタクシーが破損したことを付加する。

二、(被告の地位)

被告は裕保の使用者であり、裕保はトラックを運転して被告の業務執行中、スピード違反および前方不注視の過失により本件事故を惹起した。

三、(損害)

(一)  タクシー破損代(全損) 四八万四三七五円

原告はタクシーを昭和四〇年六月一八日七七万五〇〇〇円で購入したが、当時のタクシー価格は右四八万四三八五円であつた。

(二)  タクシーの補充のための新車購入までの期間(九日間)の休車損 四万九五〇〇円

一般のタクシーの売上げを一日一台一万一〇〇〇円とし、諸経費をその二分の一と見積つて計算したもの。

(三)  三郎の葬儀の費用 五万七五〇〇円

(三)  三郎に対する香典 五万円

(五)  三郎およびトミ子(主張は三郎のみであるが、証拠に照らし、趣旨を善解する。)の死体検案料 九〇〇〇円

(六)  タクシー運搬のためのレッカー車代 五〇〇〇円

(七)  事故現場作業員に対する日当(一人三〇〇〇円の日当を六人に支給したもの) 一万八〇〇〇円

四、(結論)

よつて原告は被告に対し民法七一五条一項により、以上合計六七万三三七五円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四三年三月三〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  請求原因に対する被告の認否

一、請求原因第一項記載の事実は認める。

二、同第二項記載の事実中、裕保の過失は否認し、その余は認める。

三、同第三項記載の事実はいずれも不知。

証拠関係(各事件共通)<略>

理由

第一  本件事故発生の状況

一昭和四一年九月二二日午前五時五五分頃、東京都調布市下布田町一〇七四番地先甲州街道において、裕保の運転するトラックと、三郎の運転するタクシーとが衝突し、タクシーの乗客トミ子および運転者三郎が即死し、両車が破損したことは当該当事者間に争いがない。

二各事件を通じての最大の争点は、トラックとタクシーとの衝突がどのような経過を辿つて発生したかにあるので、まずこの点を認定し、然る後その余の判断に及ぶこととする。

(一)  事故現場の状況

<証拠>によれば、事故現場の状況は次のとおりであることが認められる。

事故現場は、新宿方面から府中方面に走る幅員一八米(車道幅員一三米、歩道幅員各2.5米)のアスファルト舗装道路である本件道路が、京王線布田駅方面から深大寺方面に走る都道六九号線とほぼ直角に交わる八雲台交差点の西方約三〇米の本件道路上である。本件道路は新宿方面から府中方面に向けて、八雲台交差点を中心にして右に曲がつており、その程度は曲線半径一五〇〇米で、見透しはやや不良であるが、後に判示するタクシーの異常行動時におけるトラックとタクシー間の相互の見透しは、なんら妨げられるところがない。八雲台交差点の四方には、自動式信号機が設置されており、当時正常に作動していた。右交差点の西方約三五米の地点で、本件道路北側に横田板金の建物があり、その西隣りに西都交通の建物があるが、本件道路の北側は右の部分を除いて畑地となつている。本件道路は片側二車線の道路で、最高制限速度は時速五〇粁に制限されている。

事故当時、すでに夜が明けており運転に支障をきたさなかつたが、事故前に降つていた雨のために路面に若干の水がたまりスリップし易い状態であつた。

(二)  事故発生後の現場の状況および両車の状況

<証拠>によれば、トラックとタクシーとが衝突した中心地点は、横田板金の建物の前にあたり、車道の北側端から2.83米の地点で北側車線の第一通行帯内であること、現場にはスリップ痕はなかつたが、衝突地点の東方(新宿寄り)1.65米の地点に車道北側端から1.6米付近から幅二―三米にわたつて路面に擦過痕がついており、衝突地点から東方六―七米の地点の歩道縁石および歩道上に2.1米の擦過痕が二条ついていたこと、衝突地点から北東約一三米の地点に、タクシーが車体の大半を畑中に転落させて、前部の一部を歩道に乗せて南東を向いて停車していたこと、一方トラックは衝突地点から東方45.75米の地点に、その後部が八雲台交差点の新宿寄りの横断歩道上にくるような格好で、北側車線の第一通行帯内に東方を向いて停車していたこと等が認められる。

<証拠>によれば、タクシーはフロントガラスよりも前部および右側面を残してその余は大破し、車体外被を左側面の斜め後方から前方運転席(タクシーの運転席は右側である。)の方に向かつてまくられたように破損し、車の屋根もボンネットの方に向かつてまくられていたこと、運転席のある前部座席は運転席のあたりが一応原形をとどめていたが、その左側部分は右斜め前方に曲がつていたこと、後部座席は原形をとどめず右斜め前方に押しやられ、その後ろのカバーが破られスプリングが露出していたこと、タクシーの後部トランク内にあつた燃料用のプロパンのガスボンベがもぎ取られていたこと等が認められる。

<証拠>によれば、トラックは、前部バンバー、ラジエーターおよびボンネットおよびスプリングハンガーが破損していたこと、トラックの左側助手席のドアは衝突のため開閉ができなくなつていたこと、タクシーのガスボンベが、トラックの前部左側のエンジンの下部にくわえこまれていたこと、そのためトラックのブレーキが破損したこと等が認められる。

<証拠>によれば、トラックのブレーキは空気の圧力を利用したエアブレーキであり、ブレーキは前輪後輪に同時にかかる仕組みになつていて、クイックリリースバルブが故障するとブレーキは同時に利かなくなること、またクイックリリースバルブからブレーキチャンバーへ通じる鉄のパイプが破損してもブレーキは利かなくなることが認められる。従つて、トラックはこのブレーキパイプの破損のために衝突直後からブレーキが全く利かなくなつたものと推認される。

(三)  両車の衝突の状況

本件事故の目撃者としては、トラックの運転手裕保を除けば、当時八雲台交差点から本件事故を目撃した訴外上原リツ子しかない。従つて両車衝突の状況は右両名の証言と前第二項において判示した客観的情況とを綜合して判断せざるを得ない。

<証拠>および証人上原リツ子の証言によれば、同女は両車の状況について大略次のように認識していたことが認められる。「私は南方布田駅方面から北方深大寺方面に向けて歩いてきて、八雲台交差点の南西角に立つて車を拾おうと待つていたところ、間もなく新宿方面からタクシーが走つてきたので手を挙げて合図をしたが、タクシーは速度をゆるめることなく私の前を通り過ぎて行つた。そしてタクシーは本件道路の左側(南側)に寄つて行き乙第二号証の二の添付図面の③の地点(八雲台横断歩道から約二二米の地点)から何ら減速の措置をとることなく急に右の方へ大きな円を画きながら曲がり始めた。そしてタクシーが曲がつた途端トラックの正面がタクシーの車体の左側の真中あたりに衝突し、タクシーは本件道路の北側の畑の中に飛ばされた。私は衝突を知つて初めてトラックに気が付いた。タクシーは曲がりながら車体を右か左かどつちかに傾けて(片側両車輪を浮き上がらす意味)いたがどつちに傾けていたかは忘れた。タクシーが曲がるとき方向指示器を出していたか否かは気が付かなかつた。」と。

一方<証拠>および証人裕保の証言によれば、同人は大路次のように述べている。

「私がトラックを運転して衡突地点の15.35米手前に来たとき、八雲台交差点の信号は青で、タクシーが右交差点の東側の横断歩道上で、府中方面に向かう南側車線の第二通行帯内を進来するのが見え、更にトラックが7.7米進行したときタクシーが中央線を越えてトラックの進行車線に入つてきた。タクシーは方向指示器による合図もしないが曲がつてきたが、その時タクシーはその車体を左側に傾けながら走つてきた。そのため私はブレーキを踏んだがその効果が現われる前に、トラックの進行していた北側車線の第一通行帯内でタクシーと衝突した。衝突の際タクシーは北西を向いていた。トラックの衝突前の速度は時速五〇粁米弱であつた。」

右両供述はいずれもタクシーの車体が左に傾いていた(証人上原リツ子は左右を明言しないが、この場合右に傾くことはありえないから、証人裕保の証言に従い、左に傾いたものと認めるべきである。)ことを強い印象として挙げているのであるが、このような左傾(右側前後輪が浮いた状態)は、高速走行中急角度で右カーヴを切つた時に起こる現象であることは工学上公知の事実であつて、このことは、本件においてタクシーが中央線から対向車線に入つて来たとの証人裕保の供述よりも、左側端走行からユーターンに入つたとの証人上原リツ子の供述の方に真実らしさを感じさせるものである。けだし、このような急角度のカーヴはいねむり運転とは結び付かず、タクシー運転手三郎が意図的にハンドルを右に切つたと見るべきであるが、ユーターンである以上旦左側に寄るのが運転者の心理として自然であるのみならず、車道幅員の点からも中央線付近からではユーターンは困難と思われるからである。

また、証人裕保は両車の衝突状況について、北西に向いていたタクシーにトラックの正面が衝突したと述べているが、両車特にタクシーの破損状況から判断すると、すでにユーターンを終りかけ北東に向いていたタクシーにトラックが衝突したものと考えるのが最も適当であると考える。けだし、もし同証人の主張するとおりだつたとすれば、例えば前部の座席はむしろ後方に押し曲げられていたはずであるが、事実は前判示のようにその逆である。同証人は北西に向いているタクシーと衝突したため、トラックの左側に衝撃が強く加わり、トラックの助手席のドアの開閉ができなくなつていたと言うけれども、前示認定のような衝突によつても、トラックから見て左方へ進行しようとするタクシーの力を考慮に入れた場合トラックの左側に衝撃がより強く加わることは十分考えられるところであり、右の一事をもつてしては右認定を左右しえない。

ちなみに、右前示において、「北東に向いているタクシーにトラックの正面が衝突した」とか、「北西に向いているタクシーにトラックの正面が衝突した」とかいう場合の両車相互の関係位置は、これを図示すると次のとおりである(第一図が前者であり、第二図が後者である)。

また同証人は、タクシーを初めて発見したときの両車の位置関係について、トラックは衝突地点の手前15.35米の地点を走行しており、タクシーは八雲台交差点の横断歩道上あたりを走行していたと述べているが、もしそうだとすれば、衝突に至るまでの両車の走行距離を対比した場合、タクシーがトラックの三倍の速度で進行中だつたこととなり、同証人の指示説明あるいはその根本の情況認識に存する不明確さを否定することができない。

また同証人はトラックの速度について、五〇粁弱であつたと述べている。しかしながら、トラックは前判示のとおり衝突地点から45.75米も走行した後初めて停止しているのであり、タクシーに前示のような大きな損害を与えた衝突の後、ガボンベを路面にひきづりながら「ガーガー」あるいは「ゴゴー」という音を発しながら走行したこと(証人裕保の証言および同吉田修己の証言による。)を考慮すると、トラックの重さが約一〇トンであつたこと(証人裕保の証言による。)、路面が濡れていてスリップし易い状態であつたこと、トラックのブレーキがパイプ破損のため全然利かなくなつていたこと等の事情を勘案してみても、トラックの速度が時速五〇粁以下であつたとの事実については到底心証を得ることができない。

以上のように証人裕保の証言中、事故発生時の状況に関する部分はすでに認定したような客観的事情と対比させると矛盾する点が多く、これを採用することはできない。これに対して証人上原リツ子は本件事故と利害関係を全く有しない第三者であり、同女の証言はすでに認定した客観的情況にも大体合致している。

そこで同女の指示説明と諸般の客観的事情とを綜合して本件事故発生の状況を再現すれば、次のようなものであろうと推認される。

タクシーは普通の速度すなわち時速四〇―六〇粁(タクシーの速度については本件全証拠によるも明確にならないが、証人上原リツ子は、タクシーが異常に高速であつたとか特に低速であつたとか述べておらず、タクシーの速度について格別の印象を受けなかつたことが認められるので、このように推認する。)で、本件道路の南側車線の第二通行帯内を新宿方面から府中方面に向けて進行し、八雲台交差点のあたりから徐々に左側に寄り始め右交差点から約二二米走行した地点の道路最左端から、特に減速措置をとることなくユーターンを開始した。この時タクシーが方向指示器を点滅していたか否かについては本件全証拠によるも確定することができない。そしてタクシーは遠心力のためにその車体を左に傾けながら中央線を越え、対向車線に進入した。一方裕保はこの状態を発見し、あわてて急制動の措置をとつたがすでに遅く、ユーターンを終りかけ北東を向いていたタクシーの左側面にトラックの正面が激突して本件事故となつたのである。タクシーはその衝撃で北側歩道に乗り上げ、一回転して前示状態で畑中に転落し、一方トラックは、ガスポンペをくわえこんだまま路面にこれをすりつけ、ガーガーと擦過音を発しながら、北側車線内の第一通行帯内を走行し、45.75米走行してようやく停車したのである。なお<証拠>によれば、衝突後タクシーのギアはローに入つていたと認められるけれども衝突後の状態がそうであつたとしても、衝突の衝撃によつてギアがローに入つたと考えられなくもなく(同証人はその可能性を否定するけれども、必ずしも採用できない。)、あるいはまた右に判示したような情況でユーターンを終了しかけた三郎が自らローに入れた瞬間衝突されたとも考えられないではなく、いずれにせよ、ギアがローに入つていたこと自体は、右の認定に認定に何ら消長をきたすものではない。

三以上の認定に基づいて裕保および三郎の過失関係について考えるに、

(一)  タクシー運転者三郎の過失

自動車運転者たる者は、ユーターンをするに際しては対向車線の交通状況を確認し、その安全のうえ右行為に出るべき注意義務があるにもかかわらず、三郎は北側車線の交通の安全を確認しなかつたためトラックの進来に気が付かなかつたか、あるい 気が付きながらトラックが進来するまでにユーターン可能と軽信したためか、前第二項において認定したような無謀なユーターンを敢行して本件事故を惹起したのであり、同人の過失は明白である。

(二)  トラック運転者裕保の過失

自動車運転者たる者は、常に最高制限速度を遵守し、かつ前方をよく注視して運転し、異常な車両等を発見した場合にはその車両等の動静に注意し、もつて事故の発生を末然に防止すべき注意義務があるにかかわらず、同人は最高制限速度を越えた速度でトラックを運転し、かつ前方不注視のため、一旦道路の左側端に寄つた後大きな円を画きながらユーターンしてきたタクシーの動きに適切に対処することができず、衝突直前にブレーキを踏んだだけであつた。車速が確定しえぬため、両車相互の距離も確定することができない。従つて、数字をあげて論ずることはできないのであるが、少なくとも、両車相互の見透しは妨げられなかつたのであるから、トラック運転者としてはタクシーの異常行動を早目に発見して適切な回避動作に出ることができた筈であり、そうすれば、距離によつては衝突自作を回避しえたかも知れずかりにそれができなかつたとしても、ブレーキが少しでも早く動作すれば、衝突の衝撃力がヨリ少さくなつたことが期待できたと考えられ、この点において同人の右過失が本件事故に相当因果関係あることを否定することはできない。

<証拠>によれば、裕保は昭和四〇年七月一日連続五年間無事故運転で賞状を得たことのある優秀な運転手であることが認められるけれども、右の事実は必ずしも右の判断を争うに足りるものではない。

(三)  双方の運転手の過失割合

以上の認定の諸般の事情を考慮すると、双方の過失割合は、三郎につき八、裕保につき二とみるのが相当である。

第二  A事件について

一事故の発生および被告らの責任

請求原因第一・二項の事実は当事者間に争いがない。そして被告らの運転手に本件事故発生についての過失があつたことはすでに第一節に認定したとおりであるので、被告らの免責の抗弁はその余の判断(タコグラフ用紙の点は運行供用者の過失に関するのでこれに含まれる。)に及ぶまでもなく理由がない。

従つて被告らはそれぞれ自賠法三条により、原告の蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

二損害

(一)  葬儀費用

<証拠>によれば、原告はトミ子の葬儀費用として少なくともその主張どおりの出捐をしたことが認められるが、詳細の費目が明らかでないものも含まれており、結局総額のうち二〇万円を本件事故と相当因果関係にある損害と認める。

(二)  トミ子の失つた得べかりし利益

<証拠>によれば次の事実が認められる。

トミ子は昭和一四年一二月一五日生まれの当時満二六才九か月の健康な未婚女性で、府中一中を卒業後二年間ほど家にいたが、その後一時訴外西武百貨店に勤務し、同店を退職して後、昭和三九年一一月頃、東京都新宿区市ケ谷富久町一九番地にある訴外高橋花枝の管理する白雲閣というアパートを家賃二万三〇〇〇円で借り、そこに事故当時まで一人で住んでいたが、将来弟である訴外山田昭一が結婚したとき明け渡してやるという約束のもとに、右家賃中七〇〇〇円は昭一が月々負担していた。

同女は昭和四一年三月頃から訴外西田幸雄の経営するゴーデルンゲイトというキャバレー(その後個人経営から株式会社西田観光となり、訴外西田幸雄はその代表取締役となつた。)にホステスとして勤務し始めた。同女のホステスとしてのランクは上の下で、当時いつしよに働いていた六〇名のホステス中二〇―二五番目あたりであり、同年六―八月当時本給にいわゆる指名料を加えると名目的には月一三万円を下らない収入を得ていたが、つけで遊興した客に対する立替分を給料から差し引かれるため実質的にはそれより下廻るのが常で、また後記のように職業柄衣裳の新調も多く、居を移る際の前借金もあつて、生計は必ずしも楽でなく、家賃を滞納することもあつた。

また同女は同年四月頃から、東京都千代田区神田東紺屋二六番地において貸ビル業を含んでいる訴外池田輝子のもとに勤務し、電気料等の配分計算とか集金等の仕事や、右池田の家事の雑用等を行い毎月一万九五〇〇円の収入を得ていた。その仕事ぶりは毎日出勤するわけではなく、一か月に半分位出勤するもので、勤務時間も一〇時から四時頃までで、早いときには三時までというパートタイムであつた。

同女は毎月母親である原告に二万五〇〇〇円程度渡しており、一着二万円程度の衣装を身につけていた。同女は訴外株式会社西田観光から合計四七万円の借金をしていたが、契約どおりこれを返済することができず、死亡当時その借金はほとんどそのまま残されていた。なお同女の容貌からは、結婚しなければ三五―三六才頃まではホステスとして勤務できたものと推認される。

1 訴外池田輝子関係

トミ子が終生訴外池田輝子のところに勤務していたのであろうとの心証を抱くことはできないけれども、原告の主張は、ホステスとしての収入以外にも、トミ子には月々一万八〇〇〇円程度の収入を得る労働力がありそれが事故により失われたことの損害の主張と善解すべきものであるから、進んで、これを判断することとする。このような労働力喪失による逸失利益損害は、かりに同女が結婚して家事に従事するようになつたとしても、なお評価しうるものであるから(東京地判昭和四二年一一月一三日判例時報四九八号一六頁、同昭和四二年一二月六日判例時報五〇一号九七頁参照)同女が得ていた月額一万八〇〇〇円の収入は五六才にに達する頃までの二九年間得続けられたものと考えてよい。

ところで同女の生活費(同女がホステスとして働く上で必要とされる諸経費はここに含まない。)としては原告の自陳する一万五〇〇〇円程度と推認されるので、同女の得ていた年間純益は三万六〇〇〇円となる。しかるに同女は本件事故によりこれを失つてしまつたのであり、その逸失利益の現価を原告の主張に従つて算出すると、その主張どおり六三万円(一万円未満切捨)を認めることができ、同女は同額の損害を蒙つたことになる。

2 訴外株式会社西田観光関係

右に認定した諸般の事情を考慮すると、トミ子はホステスとして少なくとも毎月五万円の純益を得ていたものと考えられる。蓋し同女は毎月母親に二万五〇〇〇円渡しており、一応部屋代もおさめているのであつて、他に同女の食費、交際費等を考えると純益が月五万円未満では到底生活できなかつたであろうと推認される。五万円を超える部分についてはこれを認めるに足る証拠はない。

そうすると同女の年間純益は六〇万円となるが、同女は本件事故にあわなければ満三五才に達する頃までの八年間同程度の収入をホステスとして働らき得続けたであろうと考えられる。

そこで右金額を基礎にしてホフマン式(複式・年別)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同女の失つた得べかりし利益の現価を求めると三九五万円(一万円未満切捨)となり、同女は同額の損害を蒙つたことになる。

右1と2の合計額は四五八万円となり、これが同女が本件事故による得べかりし利得を失つた損害である。

(三)  原告の相続と保険金の受領および充当

<証拠>によれば、原告はトミ子の母であり、トミ子の父はすでに死亡していることが認められる。従つて原告はトミ子の死亡により右逸失利益の損害賠償請求権を承継したことになるわけであるが、原告が自賠責保険金三〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないのでこれを右承継額に充当すると残額は一五八万円となる。

(四)  慰謝料

原告がトミ子を失つたことにより蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料としては三〇〇万円が相当である。

(五)  弁護士費用

ところで被告らが以上認定にかかる賠償額を任意に弁済しないことは弁論の全趣旨により明らかであり、<証拠>によれば原告は原告訴訟代理人らに対し本訴の提起と追行とを委任し、原告主張どおりの金額の債務を負担したことが認められるが、本件事案の難易、前記損害認定額その他本件に現われた一切の事情を勘案すると、右の金額中四八万円をもつて本件事故と相当因果関係にある損害とみるのが相当である。

第三  B事件について

本訴

一事故の発生および被告の責任

請求原因第一・二項の事実は当事者間に争いがない。そして被告の免責の抗弁が認められないことA事件と同様であるので、被告は自賠法三条により、原告らの蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

二損害

(一)  三郎の失つた得べかりし利益

<証拠>によれば、三郎は、昭和一二年三月一一生まれの当時二九才六か月の健康な男子で、須貝の経営するスガイ交通の運転手として勤務し、月平均三万八二〇〇円程度の収入を得ていたことが認められる。そして同人の生活費としては原告らの自陳額月一万五二〇〇円を超えることはなかつたと思われるので同人の一か月の純益は二万三〇〇〇円となり、年間純益は二七万六〇〇〇円となる。三郎は本件事故にあわなければ満六五才に達する頃までの三五年間運転手として稼働して同程度の純益を得続けたであろうと考えられる。そこで右金額を基礎にしてホフマン式(複式・年別)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の失つたべかりし利益の現価を求めると五四九万円(一万円未満切捨)となり、同人は同額の損害を蒙つたことになる。ところで、本件事故については前示したとおり三郎に過失があるのでこれを斟酌すると、被告に対し賠償を請求しうる額は、そのうち一一〇万円とするのを相当とする。

(二) 三郎の慰謝料

原告らは三郎がその生命を侵害されたことによつて蒙つた精神上の損害に対する慰謝料請求権を原告らが相続した旨主張する。しかしながらそもそも被害者死亡の場合には被害者自身が自己の死亡に基づく慰謝料請求権を取得するということはありえず、ひいてはその慰料請求権を相続人が相続するということもないのであつて、むしろその場合には被害者の有した権利の相続としてではなく、遺族固有の権利として被害者の近親者たる父母、配偶者および子に対し特別に被害者の死亡による慰謝料請求権が認められるのであるから前示した被害者の蒙つた苦痛はこの遺族固有の慰謝料算定について十分斟酌されることを要し、かつそれをもつて足るというべきであるので、原告らの主張を認めることはできない。

(三) 原告らの固有の慰謝料

原告らは被害者三郎が取得した慰謝料請求権を同人らが相続したと主張するのみで、原告らの固有の慰謝料を請求していない。死者の慰謝料の相続性が認められないこと前に判示したとおりであるが、ここで仮りに原告らの請求中に予備的に固有の慰謝料があつたとしてその点を検討する。

<証拠>によれば、三郎の父訴外宮内新吉と母訴外同はやとは大正七年一〇月二八日結婚したこと、そして二人の間に原告諏訪初子(大正一一年生)、原告諏訪トミ(同一三年生)原告永松君子(昭和二年生)、原告宮内栄一(同三年生)原告宮内雄二郎(同九年生)、三郎(同一二年生)が生まれたこと、昭和一三年一一月二五日父が死亡し、その二年後に母が死亡したこと、そのため三郎は四才の時に叔父の訴外須根谷竹松のもとにひきとられ、その後ずつとそこで育てられたこと、そして三郎は兄や姉である原告らとは別かれ別かれのまま現在に至つていたこと、墓参りの折等に兄や姉達といつしよに集まる程度であつたこと等が認められる。

右のような関係にあつた原告らと三郎との間に、民法七一一条を類推適用すべきような実質関係を見い出すことはできず、原告らに三朗死亡により固有の慰謝料請求権を肯認すべき余地はない。

従つて原告らに対する慰謝料はいずれの理論構成をとるにせよ、これを肯認することはできないのである。

(四)  原告らの相続と保険金の受領および充当

右に認定したように原告らはいずれも三郎の兄や姉であり、他に三郎には相続人がいないことが認められるので、原告らは三郎の死亡により前記逸失利益の損害賠償請求権を各その相続分に応じて二二万円ずつ相続により承継したことになる。

ところで原告らは自賠責保険金各三〇万円を受領したことを自陳し、被告は弁論の全趣旨によりこれを援用したものとみるべきであるので、これを右損害額から控除すると、原告らの損害はすべて填補されたとみるのが相当である。

反訴

一、事故の発生

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、被告らの責任

請求原因第二項の事実中、三郎が死亡したことおよび被告らと三郎との身分関係は当事者間に争いがない。三郎に本件事故発生についての過失があつたことは第一節で認定したとおりであり、同人が原告に対して直接の不法行為者として民法七〇九条により負担した損害賠償債務は、同人の死亡により民法八九六条により被告らに承継されたことになる。従つて被告らは各その相続分に応じて原告の蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

三、損害

<証拠>によれば、原告はその主張どおり三四万一四五八円の損害を蒙つたことが認められ、これはいずれも本件事故と相当因果関係のある損害ということができる。ところで第一節において認定した裕保の過失を賠償額の算定にあたり斟酌すると、原告の損害として被告らに請求しうる額はそのほぼ八割に相当する二七万円とみるのが相当である。従つて被告らの各負担金額は五万四〇〇〇円となる。

第四  C事件について

本訴

一、事故の発生

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、被告の責任

被告が三郎の使用者であること、三郎がタクシーを運転してその業務を執行中本件事故を惹起したことは当事者間に争いがなく、三郎に本件事故発生についての過失があつたことは第一節において認定したとおりであるので、被告は民法七一五条一項により、原告の蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

三、損害

この点についてはB事件反訴で認定したとおりであり、原告が被告に対して請求しうる金額は二七万円である。

反訴

一、事故の発生

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、被告の責任

被告が裕保の使用者であること、裕保がトラックを運転してその業務を執行中本件事故を惹起したことは当事者間に争いがなく、裕保に本件事故発生についての過失があつたことは第一節において認定したとおりであるので、被告は民法七一五条一項により、原告の蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

三、損害

(一)  タクシー破損代(全損)

<証拠>によれば、原告はタクシーを昭和四〇年六月一二日訴外東京トヨペット株式会社から七七万五〇〇〇円で購入したこと、本件事故によりタクシーは使用不能となつたため廃車となつたこと等が認められる。右事実によれば当時の価格は原告主張どおりと推認されるので、原告はその主張どおり四八万四三七五円の損害を蒙つたことが認められる。

(二)  休車損

<証拠>によれば、その主張どおり、四万九五〇〇円の損害を蒙つたことが認められる。

(三)  三郎の葬儀費用

<証拠>によれば、原告は三郎の葬儀費用として四万七七〇〇円の出捐をしたことが認められ、これは就業中死亡した従業員に対する雇傭主の支出として相当因果関係を肯定することができる。その余の主張額についてはこれを認めるべき証拠はない。

(四)  三郎に対する香典

<証拠>によれば、原告は五万円の出捐をしたことが認められ、右と同様の趣旨により、相当因果関係ある損害ということができる。

(五)  三郎およびトミ子の死体検案料

<証拠>によれば、原告はその主張どおり九〇〇〇円の出捐をしたことが認められ、これは、三郎については前同様の趣旨で、またトミ子に関しては、乗客死亡に対するタクシー業者としての支払として、相当因果関係を肯定しうる。

(六)  レッカー車代

<証拠>によれば、五〇〇〇円の出捐をしたことが認められる。

(七)  事故現場作業員に対する日当

<証拠>によれば、一万八〇〇〇円の出捐をしたことが認められる。

以上の合計額は六六万三五七五円となるところ、三郎の前示過失を賠償額の算定にあたり斟酌するときは、そのうちのほぼ二割に相当する一三万円が被告に対し賠償を請求しうる額と認めるのが相当である。

第五  結論

A事件

原告の請求は、五二六万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年二月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度であるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。

B事件

本訴

原告らの請求は全部理由がないからこれを棄却する。

反訴

原告の請求は、被告らに対し、一人あたり五万四〇〇〇円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四一年九月二二日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。

C事件

本訴

原告の請求は二七万円およびこれに対する右昭和四一年九月二二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する(なおB事件反訴被告らが同原告に対して負担する債務と、C事件本訴被告が同原告に対し負担する債務とは、相互に不真正連帯債務の関係に立つものである)。

反訴

原告の本訴請求は一三万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四三年三月三〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。

そして訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を仮執行の宣言については同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。(倉田卓次 荒井真治 原田和徳)

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